ダイムラー・トラック社(Daimler Truck AG)のインド商用車事業であるDaimler India Commercial Vehicles(DICV) 様(ブランド:BharatBenz)は、販売・サービス・部品・保証のすべてを支えるディーラー管理基盤(DMS)を、SAP S/4HANA 2021 から 2023 へ、Proaxia VSS 3.0 から VSS R6 へ 刷新しました。Cubastion は計画立案から移行、テスト、本番切替、稼働後支援までを一気通貫で担当。30以上の周辺システムとの連携を維持したまま 、4,000名を超える利用者の業務を止めることなく、20週間でアップグレードを完遂しました。
Challenge
動いている基幹系を、止めずに刷新するという難題
事業・技術の両面で生じていた課題をご紹介します。
DICV様は、ダイムラー・トラック社のグローバル標準化戦略に合わせ、販売・サービス業務を支える基幹システムの刷新を必要としていました。一方で既存環境は、多数の周辺システムとの連携や長年にわたる業務要件への対応により複雑化しており、アップグレードに伴う業務影響と移行リスクを最小限に抑えること が重要な課題となっていました。
ビジネス面の課題
Daimler Truck グループのグローバル標準への準拠
販売・サービス・保証にわたる業務プロセスの標準化
ディーラーおよび顧客体験の向上
将来の事業成長を支える拡張性の確保
技術面の課題
VSS R6 は SAP S/4HANA 2023 上でのみサポート される。ディーラー管理機能を刷新するには、ERP 基盤そのものを同時にアップグレードする以外に選択肢がない
30以上の周辺システムとの連携 (IDoc・RFC・SPROXY・API)を、SAP PO 7.5 を介して維持したまま移行する必要がある
長年の業務要件対応で積み上がったアドオン(カスタムコード) の S/4HANA 2023 への適合性検証と改修
VSS 3.0 から R6 への機能差分 の洗い出しと、既存業務プロセスへの影響評価
開発を止めないためのコードフリーズ期間の最小化
BW/4HANA・SAP BO によるレポーティング基盤の継続性 確保(CDSビュー経由の夜間ジョブ、部品自動発注ロジックなど、業務に直結する処理が依存)
Architecture
VSS R6 が求めた、基盤ごとの刷新
対象となったシステム構成と適用範囲をご紹介します。
本プロジェクトの構造は明快です。刷新したいのはディーラー管理機能(Proaxia VSS) ですが、VSS R6 は SAP S/4HANA 2023 の上でしか動作しません。つまり ERP 基盤のアップグレードは目的ではなく前提 であり、二つを一つのプログラムとして扱う必要がありました。
中核のみを刷新し、SAP PO 7.5 を介した30以上の連携はすべて維持しました。
アップグレードが影響する範囲は、構成図が示す以上に広がります。DICV様のディーラー管理基盤は、68の会社コード 、97の販売組織 、420都市にわたる579の拠点 (ディーラー店舗・整備工場)、98の購買組織を単一の SAP 環境で扱っています。販売チャネルは新車・中古車・部品・サービスの4系統。さらに販売組織のうち22はインド国外——インドネシア、ケニア、タンザニア、メキシコ、コロンビア、ペルー、サウジアラビア、UAE、スリランカ、タイなどの輸出市場向けです。止められなかったのは「システム」ではなく、この規模の日常業務でした。
対象モジュール
業務 :SAP VSS SD(販売管理)/ VSS MM(購買・在庫管理)/ VSS DBM(ディーラー業務管理)
会計・人事 :SAP FI/CO(財務・管理会計)/ SAP HCM(人事管理)
分析 :SAP BW/4HANA・SAP BO・SAP Data Warehouse
技術 :SAP ABAP / SAP BASIS / SAP Fiori / SAP PI/PO 7.5
対象業務領域
販売 :車両販売、在庫移動、CRM 連携、需要予測、顧客登録
部品 :部品販売・購買・返品、在庫、価格設定、棚割
サービス :ジョブカード、部品出庫、標準作業、サービス予約
保証 :保証請求、ジョブカードとの紐付け
Solution
基盤の刷新と、連携の継続 を両立させる
提供したソリューションの中核をご紹介します。
DICV様は Cubastion と連携し、SAP S/4HANA 2023 および Proaxia VSS R6 へのアップグレードプログラムを推進しました。既存業務への影響を最小限に抑えながら、グローバル標準への準拠、システム近代化、将来の拡張性確保を同時に実現しています。
最新 ERP 基盤への移行 :SAP S/4HANA 2023 へのアップグレードにより、簡素化されたデータモデル、エンベデッド・アナリティクス、標準化された自動化ワークフローを利用できる基盤へ移行
ディーラー管理機能の刷新 :販売・サービス業務を支える Proaxia VSS を最新バージョン(R6)へ刷新し、最新の SAP Fiori UX を導入
効率的かつ低リスクな移行 :SAP 標準のアップグレードツール(SUM/DMO・SAINT)を活用し、シャドウインスタンス方式で本番停止時間を抑制
連携を維持したままの移行 :30以上の周辺システムとの連携を維持しながらアップグレードを推進
複数環境での段階検証 :4環境での検証と本番切替計画により、安定した移行を実現
グローバル標準への準拠 :Daimler Truck グローバル標準に準拠した業務・システム基盤を構築
Approach
コードフリーズを最小化する、移行設計という選択
本プロジェクトで最も重要だった意思決定をご紹介します。
アップグレードの成否は、技術そのものよりも「どの順番で、どの環境を上げるか」 で決まります。Cubastion は着手前に4つの移行アプローチを比較評価し、DICV様の「開発を止めたくない」という要件に対する最適解を提示しました。
① 順次アップグレード (SBX→Dev→QA→本番):コスト最小。ただしコードフリーズが約1.5か月に及び、その間は業務部門が新規改修を検証できない
② QA先行 (SBX→QA→本番→Dev):フリーズは約2週間に短縮。ただし Dev を最後に上げるためレトロフィットが後ろ倒しになり、構成整合のリスクが残る
③ 完全並行 (Dev・QA の複製環境を併設):採用したアプローチ。 フリーズは本番切替時のみ。複製環境で機能影響分析・アドオン改修・権限検証・連携テストを本番と並行して完了させる
④ Dev複製のみ :③ より安価だが、統合テストが QA でしか行えず、QA 停止が避けられない
採用したのは ③ 完全並行です。 複製環境でアップグレードを進めるため、既存の Dev・QA は通常業務のまま稼働し続けられ、コードフリーズは本番切替時のみに限定されました。本番アップグレードの時点では検証が完了しているため、本番切替が「初めての実行」にならない ——この状態をつくることが設計の目的です。サクセスストーリーに記載した「4環境での検証」は、この設計の実体を指しています。
4案を比較し、コードフリーズを本番切替時のみに限定できる完全並行を採用しました。
実行順序は サンドボックス(SBX)→ 開発(Dev)→ 品質保証(QA)→ 本番(PRD)です。 サンドボックスでは、Fiori の有効化、SAP Readiness Check、Simplification Item Check、非アクティブオブジェクトの整理、前回アップグレードの SPDD/SPAU 残件確認、ATC(ABAP Test Cockpit)レポートのレビュー、モジュール別(MM・ロジスティクス・在庫/SD/FI-CO/CRM・保証)の影響評価レポート作成までを実施。その上で SUM を実行し、SPAU・SAP-ENH 対応、BASIS/ABAP/Fiori/PI-PO/業務の各観点での事後検証、テストシナリオ実行を完了させてから次の環境へ進みました。
アドオンの棚卸しは、この規模のアップグレードで最も見落とされやすい工程です。ATC(ABAP Test Cockpit)による解析の結果、S/4HANA 2023 への適合性検証と改修が必要なカスタムオブジェクトは678件 にのぼりました。内訳はクラス216件、プログラム206件、CDSビュー79件、関数グループ64件、Adobe Forms 58件、拡張実装35件ほか。対象は販売・部品・サービス・保証・部品ディストリビューターの5パッケージにまたがります。これらをオブジェクト単位で計画・追跡 し、レトロフィットを進めました。
20週間を4フェーズで構成。各環境の移行を段階的に積み上げ、本番切替は業務停止18時間以内で完了しました。
本番切替 ― 一気に全ディーラーへ、とはしなかった
本番切替では、全ディーラーへ同時に展開する方式を取りませんでした。まず業務停止を18時間以内に抑えて切替を完了 させ、最初の1ディーラーのみで本番稼働 を開始。受付から納車までの実際の業務を、本番環境でエンドツーエンドに通して検証しました。翌日には数ディーラーを追加し、そこでも問題がないことを確認したうえで、インド全土のディーラー網へ展開 しています。
新しい基盤で、最初の1台を実際に修理して引き渡せるか——それを確かめてから次へ進む。この段階的な進め方こそが、4,000名を超える利用者と579拠点を抱える環境で、業務を止めずに切り替えられた理由です。
1. 準備・影響分析 :SAP Readiness Check サマリー(Dev・本番)、Simplification Item とVSS デルタ分析(R3→R6)、アドオン棚卸しと影響評価、業務側アップグレード準備状況評価
2. 設計 :機能影響分析書、改修対象 ABAP オブジェクト管理パッケージ、セキュリティ・権限アップグレード計画、オブジェクト/モジュール単位のレトロフィット計画
3. 実装 :総合テスト戦略・計画、業務スコープに紐付いたテストスクリプト、Fiori アプリ検証レポート、障害管理・クローズ管理表
4. 本番稼働・ハイパーケア :本番切替・稼働実行手順書(ランブック)、事業継続サインオフ・チェックリスト、稼働ドキュメント、ハイパーケア支援レポート
テストは、計画・戦略 → 設計 → 実行 → 完了の4段階で実施しました。実行段階では、影響を受けるモジュールの単体テスト、連携パートナーを含めたシステム統合テスト(SIT)、業務部門による受入テスト(UAT)の支援を行い、日次の障害トリアージ で滞留を防止。完了段階でテスト完了レポートを作成し、業務部門からの本番稼働可否サインオフを取得しています。
ガバナンスは、日次スタンドアップ (進捗・オープン課題・課題管理)、週次チームミーティング (DICV様 IT・PM と合同)、月次マネジメント・ステアリング (ステータスダッシュボードとリスク管理)の三層構成。課題とリスクはそれぞれ台帳で管理し、会議 ID・起票日・担当者・目標日・完了日・経過コメントまでを記録しました。着手初期には、部品・サービス・販売・保証・PI/PO インターフェースの各モジュールについて DICV様の業務部門とワークショップを実施し、現行業務(BAU)と連携依存関係を確認したうえで設計に入っています。
本プロジェクトにより、DICV様は最新 SAP プラットフォームへの移行を完了し、業務継続性を維持しながら システム近代化を実現しました。あわせて、グローバル標準化、保守性の向上、将来のデジタル変革を支える基盤を確立しています。
4,000名超 が日々利用するディーラー管理基盤を刷新
30以上 の外部連携システムとの接続を維持したまま移行を完遂
20週間 で、計画立案から本番切替・稼働後支援までを完了
4環境 での段階的検証により、本番移行リスクを低減
業務停止を18時間以内 に抑えて本番切替を完了。1ディーラーでの実業務検証を経て、翌日以降にインド全土へ段階展開
Daimler Truck グローバル標準への100%準拠 を達成
420都市にわたる579拠点 ・68の会社コード・97の販売組織を単一基盤で継続運用
678件 のカスタムオブジェクトを S/4HANA 2023 適合へ改修
次世代の SAP デジタル基盤 を確立し、将来の拡張に備える体制を整備
アップグレードの価値は、バージョン番号ではなく現場で使える機能 に表れます。VSS 3.0 から R6 への移行によって、DICV様のディーラー網は次の機能を利用できる状態になりました。
VSS R6 で利用可能になった主要機能。Fiori ベースの現場アプリと顧客接点が大きく広がりました。
現場で使える機能
サービス :テクニシャンアプリ(Fiori・OS非依存)、車両ヘルスチェック(赤・黄・緑の自動判定と写真・動画添付)、サービスアドバイザー・ダッシュボード、ワークショップ情報ダッシュボード(自動更新・工程別の滞留時間表示)、ディスパッチモニター、タイムクロッキング
部品 :部品在庫照会アプリ(受注・作業・明細単位の引当状況)、バックオーダー管理アプリ(ATP 連携)、部品販売アプリ、EPC(電子部品カタログ)からの明細一括取込
販売 :複数車両一括引当アプリ、ダイレクトリテール・中古車・ディーラー間販売への対応
顧客接点と分析
カスタマーポータル :予約登録、ジョブカード進捗の確認、見積・追加作業の承認、オンライン決済、NPS 入力
コミュニケーション基盤 :SMS・メール・WhatsApp・Line への多チャネル配信、多言語対応、宛先の自動判定
保証・収益 :アップセルエンジン(点検時期・保証満了を条件に販促対象を自動生成、受注/失注の記録と分析)、保証請求とジョブカードの紐付け強化
分析 :ワークショップ・アナリティクス(生産性・効率・計画対実績・有効性の4KPI)、S/4HANA 2023 のエンベデッド・アナリティクス
Roadmap
基盤ができたあとに、何を載せるか
第2フェーズ「サービス・エクセレンス強化」に着手しています。
基幹アップグレードは目的ではなく前提です。VSS R6 の基盤が整ったことで、DICV様はディーラー現場の体験そのものを設計し直す第2フェーズ(サービス・エクセレンス強化)に着手しました。Cubastion は要件定義から設計・引き渡しまでを担当しています。
基盤刷新の上に、現場と顧客の体験を設計し直す第2フェーズが立ち上がりました。
デジタル KANBAN ボード :整備ベイ、フロア監督者室、顧客ラウンジの3か所に設置。入庫から出庫までの13工程を可視化し、標準サービス時間200分 を基準に、進捗を緑(80%未満)・黄(80〜100%)・赤(超過)で色分け表示。顧客ラウンジ側には、登録番号・ジョブカード番号・入庫時刻・お約束時刻・進捗をお客様が一目で分かる形で表示
サービス予約モジュール :顧客ポータルからの予約受付。車両は SAP 側の顧客コードに自動で紐付き、サービス履歴・保証情報も参照可能。予約確定時には顧客と担当者の双方へ SMS とメールで通知。同一ディーラーコード配下であれば拠点をまたいだ予約も可能
顧客リマインダー :VSS のアップセルエンジン(点検時期・走行距離・エンジンアワー、保証満了)とコミュニケーション基盤を組み合わせ、点検案内・予約確認・進捗通知・見送りとなった推奨作業の再案内・AMC 更新案内を自動配信。キャンペーン単位の一斉配信にも対応
部品引当の見直し :従来はジョブカード保存時に在庫を引き当てていた仕様を見積提出時の引当 へ変更。あわせて、納品明細の一部返品(100明細を超える事故修理で全件返品・再作成が必要だった運用課題)を解消
保証請求の自動化 :保証請求プロセスの自動化と、保証区分の分割処理に対応
Capabilities
この事例で実証された提供価値
お客様が Cubastion と取り組める領域の一例です。
本エンゲージメントを通じて、以下の専門領域における実装力を実証しました。
基幹 SAP の変革 :グローバル OEM の基幹 SAP そのもの——周辺アプリケーションではなく——を対象としたバージョンアップグレードを、計画から本番切替まで一気通貫で遂行
業界特化ソリューションの深い理解 :SAP 認定パートナーソリューションである Proaxia VSS(自動車ディーラー管理)の R3 → R6 移行を、業務プロセス単位で設計・検証
連携を止めない移行設計 :IDoc・RFC・SPROXY・API が混在する30以上の連携を、SAP PO 7.5 を介して維持したままアップグレード
アドオンの適合性管理 :ATC を用いて678件 のカスタムオブジェクトを棚卸しし、S/4HANA 2023 への適合改修をオブジェクト単位で計画・追跡
リスクを抑えた本番切替 :業務停止を18時間以内に抑え、1ディーラーでの実業務検証から全土展開へと段階的に広げるカットオーバー設計
グローバル標準への整合 :ダイムラー・トラックグループのグローバル標準化・調和プログラムとの同期を維持